商品の特徴
Gordon & Macphail ゴードン&マクファイル社
G&M社は1895年にリンクウッドやロングモーンに近い町エルギンで創業。
リンクウッド、ロングモーン、モートラック、グレンリベット、マッカランなどの蒸留所と古くからつながりがあり、それらの蒸留所から上質の樽が同社に供給されている。
このラベルと同様の鷲 Eagle の絵が描かれているラベルのシリーズは、Eagle Label イーグル・ラベルシリーズと言われています。
リンクウッドの他に、モートラック、タリスカーがあり、現在もラベルの背景色が白に替わって販売されていますが、特に、このボトルをはじめとして、80年代および70年代流通品は素晴らしいシェリー樽熟成ものばかりです。
ゴードン&マクフャイル社自身が、このイーグルラベルシリーズを、特に優れた仕上がりの樽ばかりであると明言しています。そういう樽を蒸留所から供給してもらっているのは、それらの蒸留所との永年の取引があるためにそれが可能となっていると述べています。
1895年 James Gordon (Jas. Gordon)と John Alexander MacPhail により食料品小売店として創業
創業時の店の基本的な方針は「顧客に好まれる価格で優れた商品を提供すること」 「顧客に最大限の満足を与えること」
John Urquhart が15歳で最初の従業員の一人となる。樽の選定とモルトウイスキーのバッティングに才能を発揮。
店舗で販売していたスペインのシェリー樽にモートラックなどの近隣の蒸留所のニュースピリッツを詰めて熟成することを始める。
1915年 創業者のJohn Alexander MacPhailが引退し、その2週間後にもう一人の創業者である James Gordon が急死し、John Urquhartが経営を継承する。
以来、今日まで、The Urquhart Family ウルクハート家が家族経営を継続している。
Linkwood リンクウッド蒸留所
Cynelish (Brora) と Glendullan と同様に、2つの蒸留所を同じ敷地内に持っていた蒸留所
仕込水:ミルベリーズの泉
麦芽:ノンピートで主に自家製麦
発酵槽:8器で木製
蒸留器:プレーン型4器
1821年 Peter Brown がリンクウッド蒸留所を創立(操業は3年後の酒税法改正を待つ)
1824年 操業開始
1868年 創業者が逝去し、息子のWilliam Brownが相続
1874年 蒸留所を解体し、全く新しく再建
1897年 エルギンのウイスキーブローカーがLinkwood-Glenlivet Distillery Companyを設立し、蒸留所の運営を行う。敷地を拡張し、生産能力を倍加。スペイサイドの地酒から、ローランドのブレンド会社に良い値で売れる人気モルトに変貌。
1902年 Linkwood-Glenlivet Distillery Companyの経営陣にInnes Cameronが加わり、代表取締役となり、会社発展。
1932年 Linkwood-Glenlivet Distillery Company の代表取締役であり筆頭株主であったInnes Cameron が逝去したため、リンクウッド蒸留所はDistillery Company Limited の蒸留所管理子会社Scottish Malt Whisky Distillers に売却された。
1937年 Distillery Company LimitedがJohn McEwan & Co. Ltd,.を買収し、リンクウッド蒸留所を同社に所管させる。‘McEwan’s Whisky – the Abbot’s Choice‘を発売。ヨーロッパ市場で発売。イタリアではサマローリ社が輸入代理店となる。
1941年 第2次世界大戦のため蒸留所閉鎖
1945年 Roderick MacKenzieロデリック・マッケンジーが所長に就任
1953年 Abbot’s Choiceをアメリカで商標登録(~1995年)
1962年 蒸留所再建計画についてロデリック・マッケンジーが監督
1963年 ロデリック・マッケンジー引退
1971年 新蒸留所竣工
1972年 新蒸留所 ( Linkwood B ) 操業開始 蒸留器4器を新しい蒸留所内に設置。ウォームタブの替わりにコンデンサーを使用している。
1985年 旧蒸留所 ( Linkwood A ) の操業停止
1990年 旧蒸留所 ( Linkwood A ) の操業再開 1年に数カ月のみ稼働
その後、旧蒸留所 ( Linkwood A ) は、発酵槽だけが使われていた。
2010年 Diageoが、John McEwan & Co. Ltdを会社解散にする。
2012年 蒸留器2器、発酵槽6層を新しく入れ替え。旧蒸留所を解体
伝説の蒸留技師 ロデリック・マッケンジーについては、職人気質を思わせる伝説が伝わっています。
彼は、ゲール語を話す、一徹者で、ウイスキーの味わいに影響を与える可能性がある環境の変化にはすべて反対したと言われていて、
蒸留所内の蜘蛛の巣さえも払わせなかったと言われています。
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