商品の特徴
HART BROTHERS 【ハート・ブラザーズ社】
Director, Chief Blender Mr. Alistair Hart
Hart家は、19世紀の末にグラスゴーの西の郊外のペイズリーで酒屋兼パブを経営していした。
ハート兄弟の長男イアンは、「リチャード・パターソン」の父の会社である「W・R・パターソン」社で1950年代後半まで働き、三男のドナルドが大学を卒業した後、二人で1962年に今のハート・ブラザーズ社の前身となる「イアン・G・ハート」社を設立。
様々な蒸留所の原酒を買い付け、売るブローカーとして事業を発展させ、70年代には瓶詰工場、熟成庫を持ち、自社ブランドのブレンドウイスキーを発売。卸売業者、流通業者としても事業を拡大。
次男アリステアは、1975年まで「ホワイト&マッカイ」でブレンダーとして働き、1976年に兄弟の会社へ。当初は南アフリカ産の酒精強化ワインのネゴシアンで、スコットランド西部でも有数の卸業者として名を馳せた。
1975年には長男イアンが引退。イアン・G・ハート社に次男Alistairが参加し、三男Donaldとシングルモルトの瓶詰業者としての事業を開始。
1988年に名前を現在のハート・ブラザーズ社とし、同時にシングルモルトを主力商品として扱う現在のスタイルとなった。
2007年に同社は別会社に売却されたが、「ハート・ブラザーズ社」の名は残り、アリステアが引き続きウイスキー部門の責任者として手腕を振るっている。
それを機に、次男Donaldは独立し、息子アンドリューと2009年にメドウサイド・ブレンディング社を立ち上げました。
三男のドナルド氏は、スコットランドの名前を高らしめた者に与えられる"a Keeper of the Quaich ”キーパー・オブ・ザ・クエイク"の称号を 1998年に授与されています。三男ドナルド氏は2009年に、息子のアンドリューと共にグラスゴーで立ち上げた新しいボトラー、メドウサイド・ブレンディング社から、主に貴重なシェリー樽熟成ボトルをリリースしています。同社オリジナルブランド「ザ・モルトマン」「ザ・グレーンマン」によってシングルモルト、シングルグレーンウイスキーを瓶詰、発売し、商標を受け継いだブレンデッド・ウイスキー「エクスキャリバー」や、ウォッカ等も手がけています。
ハートブラザーズは、今日、非常に希少かつ高額となっているシェリー樽熟成原酒を豊富に保有し、驚くべき低価格で世界中のモルト愛飲家に提供し続けているスペシャリストです。厳選された良質な樽を、最高の状態になるまで熟成をし続け、着色や冷却ろ過を一切行わず、一番良い状態になるまで瓶詰めを行いません。まさに「最高品質のウイスキー」。その品質だけでなく、その価格には驚かされます。メドウサイドブレンディング社とともに、コスパ抜群のシェリーカスク原酒を提供し続けてくれています。
GLENTAUCHERS グレントファース蒸留所
「トッカーズの谷」
オーナー:ペルノリカール社
近隣蒸留所:グレングラント蒸留所の東11km、オホロイスク蒸留所の東4km, ストラスアイラ蒸留所の西7km
Buchanac's Blend ブキャナン, Black&White ブラック・アンド・ホワイト, Chivas Regal シーバスリーガル, Royal Household ロイヤルハウスホールドのキーモルト
パゴダ屋根のキルン塔は、建築家チャールズ・ドイグの設計
ポットスティルは、初留・再留3基ずつの計6基でストレートヘッド型(オージー型、プレーン型)
操作は全てマニュアルで、ペルノリカール社の傘下の13蒸留所のトレーニングセンターを併設している。
1898年 James Buchanan ジェームズ・ブキャナンと W. P Lowrie により創業
1965年 蒸留器を2器から6器に増設
1969年 蒸留所での製麦(フロアーモルティング)の取り止め
1985年 Distillers Company Ltd. が蒸留所を閉鎖
1989年 Allied Distillersの子会社が買収、バランタインのキーモルトとして製造されるようになる。
1992年 操業再開
1994年 'The' Royal Householdのキーモルトが、グレントッカーズからダルウィニーに変更され、王室御用達を外れ、Royal Householdに名称変更となる。
2005年 Pernod-Richard ペルノ・リカールが新オーナーとなる。
HART BROTHERS 創業地の店舗
Hart家は、19世紀の末にグラスゴーの西の郊外のペイズリーで酒屋兼パブ WILLIAM HART SPIRIT を経営していました。
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