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地域 Speyside スペイサイド
蒸留年代 2006年
瓶詰年代 2025年
熟成年数 18年
アルコール度数 54.8 %vol
容量 70 cl
Sherry Cask (シェリーバット)
ボトラー Medowside Blending Co.Ltd .(メドウサイドブレンディング社)
シリーズ THE MASTER'S BLEND, Batch No. 2
ボトルタイプ Limited: 限定品
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  • 限定品

ザ・モルトマン ザ・マスターズブレンド 2006 18年 シェリーカスク 54.8%

販売価格(税込):
20,350
数量:
商品コード:
30-Meadow2006
商品概要:
メドウサイドブレンディングはハートブラザーズから独立したドナルド・ハートが息子アンドリュー・ハートと2009年に立ち上げたボトラー名。シェリー樽の種類は瓶詰数434本からシェリーバット樽と推定されます。カスクストレングスのブレンドスコッチは珍しく、レーズンの濃厚なシェリー香、エスプレッソのビター感に加えて、熟成が巧くいったときに現れる「白檀」の芳香。熟成年数以上の熟成感と香りの伸びが続きます。
蒸留所/ブランドURL:
https://www.meadowsideblending.com/the-maltman/
関連カテゴリ:
スコッチウイスキー > ブレンデッド・スコッチ
スコッチウイスキー > ブレンデッド・スコッチ > 現行品・限定品
新入荷
ボトラー瓶詰業者 > メドウサイド・ブレンディング Meadowside Blending
シェリー樽熟成
輸入業者/販売会社 > スコッチモルト販売 Scotch Malt Sales
ポイント: 0 Pt

The Master's Blend 2006 18年 


Batch No. 2


Sherry Cask


54.8%  700ml


蒸留 2006年


瓶詰  2025年


瓶詰数 434本


ボトル番号入り(弊店在庫2本、ボトル番号は「233」と「408」)


ブレンデッド スコッチウイスキー


ボトラー: メドウサイド・ブレンディング社


シリーズ: ザ・マスターズ・ブレンド


ブレンドレシピは非公開です。


 


【輸入元スコッチモルト販売 テイスティングノート】


香り:白檀やサンダルウッド、ビンテージレザー。レーズンやドライアプリコットの濃密なシェリー香。


味わい:ドライフィグとレーズンの甘み、チョコブラウニーとエスプレッソのビター感。重厚で奥行きのある味わい。


フィニッシュ:多層的で非常に長い余韻。記載年数以上の熟成感と香りの伸びが続く。

数量:

商品の特徴

Glenlivet グレンリベット 蒸留所

全てのウイスキーの中で1本を上げるとするなら、多くのマニアがグレンリベットを挙げるでしょう。ウイスキーの中でこれこそが典型的なウイスキーといえる"THE WHISKY"、それがこのグレンリベットです。


グレンリベットはスペイサイドの特別な場所です。ゲーリックの翻訳によれば、この名前の意味は「スムースな流れの谷」です。この名前を付けた人たちはリベット川を引用している可能性が高いようです。このリベット川はラダーヒルズに高く浸み出し、曲がりくねってエーボン川に流れ込んでいきます。しかし、数世紀の間流れ続け、もっと人気があるものが何かと言えば、それはウイスキーです。


19世紀の初め、重税によって違法な蒸溜が広まった時に、岩の多い山頂や切り立った山合いが、当局から隠れたいと思う密造業者に完全な隠れ場所を提供しました。


もし密造業者に聞けば、リスクを冒す価値は十分ある、ここで蒸溜されたウイスキーは最高のものだと言ったことでしょう。グレンリベットのウイスキーを、キングジョージ4世が1822年にスコットランドを公式訪問した時に名指しで所望しました。ほとんどの人は王様が違法な飲み物を要求したことにショックを受けました。ジョージ・スミスという名前の地元の男はショックを受けず、チャンスと捉えたのです。この時の蒸留所は現在と異なる、写真の赤い矢印のところ、Drumin にありましたので、グレンリベット蒸留所はドラミンとも呼ばれていました。  


農場で育てられ社交家として訓練されたジョージ・スミスはビジネスマンであり、かつ起業家であったため、違法な蒸溜器オーナーを手本にしてまねることはありませんでした。1824年に彼は蒸溜酒製造業者のライセンスを取得し、政府に注意を受けることなしに製造と売買を行うことができました。密造業者達は、ジョージは自由にビジネスを行えるのに、自分たちが依然として活動を隠さなければならないことに激怒しました。


この怒りがジョージの蒸溜所への暴力行為と脅威として表面化し、そして彼の命へと向けられ、ますますエスカレートしていきました。対して、ジョージは反撃しました。彼がアバーラーのレアードからもらったピストルを携行していたのは有名です。彼は自己防衛のために何度となく発砲しています。


ジョージ・スミスは1871年に亡くなりましたが、彼の遺産は、その息子で蒸溜所の後継者であるジョン・ゴードン・スミスの中に、樽の中のスピリッツと同じように生き続けました。


ジョンの最初の仕事は、スペイサイドのシングルモルトの利権を悪用していた人々から遺産を守ることでした。配送船の水夫たちが輸送の間に樽から吸い上げていましたし、競合の蒸溜酒製造業者は自分のボトルにグレンリベットのラベルを貼っていました。


1876年にジョンは模造品の製造に終止符を打つために、グレンリベットの名前をトレードマークに申請するための申請をしました。長年の法的な論争の末、訴訟は解決し、ジョンは、そのウイスキーを「ザ・グレンリベット」と呼べる占有権を勝ち取りました。ジョージ・スミスのウイスキーである“本物のグレンリベット”だけが、 定冠詞“THE”をつけることを許されたのです。このシングルモルトウイスキーがすべての始まりだったことの証です。


ジョンの2人目の甥の息子であるキャプテン・ビル・スミス・グラントが1921年に蒸溜所を引き継いだ時、彼は既に紛争をかなり経験していました。第1次ゴードン・ハイランダーの兵役を務める間の1916年に負傷した後、次の年に連隊に復帰しアラスで戦い、そこで2度目の負傷をしました。その「襲撃隊の指揮を執る際の任務に対する際立った勇壮さと献身」によって彼は戦功十字章を授与されました。


グレンリベットにとって幸運だったのは、キャプテンの任務への献身が戦場だけに限定されなかったことです。1932年に、Distillers Company Ltd.による法的措置によってスコットランド全体がシーズンを通して閉鎖されました。スミス・グラントの忍耐力のおかげで、グレンリベット蒸溜所は、業務を続けることのできた数少ない蒸溜酒製造会社の一つでした。


禁酒法が1933年にアメリカで解除され、翌年に取引経路が再開されました。グレンリベット蒸溜所は営業を続けていたため、この利益の多い大西洋の向こうの国のチャンスに投資する理想的な位置に居たのです。プルマン電鉄会社がザ・グレンリベットのミニチュア瓶のサービスを始めました。最高のシングルモルトを入手することが出来ないでいた中西部の通勤客により、列車の速度より早く噂が広まりました。1950年までに、ザ・グレンリベットの売上は、アメリカでのスコッチ・シングルモルトの売上全体の半分を占めました。

CAMERONBRIDGE DISTILLERY FACTS & HISTORY 基本情報と歴史

所在地は、エジンバラからフォース湾を挟んで北北東に直線距離で約40kmのファイフ地区リーブンのウインディーゲート。


西12kmにインチデアニー蒸留所、北15kmにダフトミル蒸留所、東30kmにキングスバーンズ蒸留所がある。


ヨーロッパ最大のグレーンウイスキー蒸留所。


実験製造用のポットスティルも備えており、その建物をLEVEN DISTILLERY リーブン蒸留所と呼んでいる。実験用のためそのモルトウイスキーが製品化されたことはない。


自社のグレーンウイスキーをシングルグレーンウイスキーCameron Brig のブランド名で継続的に製品化してきた唯一のグレーンウイスキー蒸留所。


創業 1824年 


創業者 John Haig 


1655年 Robert Haigが安息日にウイスキーを蒸留したという罪で教会の長老たちの面前にしょっ引かれたという記録がある。


1751年 Robert Haigの4代後の男子・玄孫のJohn HaigがMargaret Steinと結婚。


当時、ステイン家はすでにフォース湾の奥のキルバーギー蒸留所とケネットパン蒸留所を営んでいた。その4人の子供たちもみなスコットランドとアイルランドで蒸留業を開始。末っ子のWilliam Haigがセギー蒸留所とキンケープル蒸留所をファイフで創業。


1824年 William Haigの長男 John Haigが、父と同じく、ファイフでキャメロンブリッジ蒸留所を創業


1829年 John Haigの従兄弟Robert Steinが発明し、ステイン家がキルバーギー蒸留所で使っていたパテント・スティル(特許取得済み連続式蒸留器)を導入


パテントスティルは1929年まで使われていた。


1865年 同業グレーンウイスキー業者8社と提携


1877年 同業グレーンウイスキー業者5社と企業合併し、DCL (Distillers Company ltd)を設立


【DCL創設メンバー】


キャメロンブリッジ蒸留所(ヘイグ社)


ポートダンダス蒸留所(マクファーレン社)


カースブリッジ蒸留所(ジョン・ボールド社)


グレンオーキル蒸留所(マクナブ・ブラザーズ社)


キャンバス蒸留所(ロバート・モーブレイ社)


カークリストン蒸留所(スチュアート社)


1880年代には、ロバート・ステイン・パテントスティル2器、イーニアス・コフィースティル2器、アイリッシュポットスティルウイスキー製造用のポットスティル1器が稼働していたことが、アルフレッド・バーナードの訪問時に確認されている。コフィスティルは拡大・改良されて、現在も使用されている。


1929年 ロバート・ステイン・パテントスティル導入から100年後、パテントスティルを撤去


1998年  Diageo の Gordon’s and Tanqueray ジンと、Smirnoff vodka もここで製造開始。


2007年 4,000万ポンド(64億円)をかけて蒸留所を拡張


2010年  Port Dundas蒸留所が閉鎖となって、Diageoが100%資本を所有する基幹グレーンウイスキー蒸留所となっている。


エジンバラ西のNORTH BRITISHはエドリントングループと共同経営


2014年 Haig ClubシングルグレーンウイスキーをDavid Beckhamを広告塔として発売し、マニアだけが知っていたシングルグレーンが世界的に広く知られることになった。

メドウサイド・ブレンディング社

ハートブラザーズの創業者ドナルド・ハートが、息子のアンドリューと共に2009年グラスゴーで立ち上げた新しいボトラーです。
ドナルド・ハート氏は、兄のアリステアと共に1964年に創業したハート・ブラザーズ社時代を含め、ウイスキー産業で60年を越える経験をもち、
また、スコットランドの名前を高らしめた者に与えられる"a Keeper of the Quaich ”キーパー・オブ・ザ・クエイク"の称号を 1998年に授与されました。
同社オリジナルブランド「ザ・モルトマン」「ザ・グレーンマン」によってシングルモルト、シングルグレーンウイスキーを瓶詰、発売し、商標を受け継いだブレンデッド・ウイスキー「エクスキャリバー」や、ウォッカ等も手がけています。

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