商品の特徴
Ardbeg 歴史
1815年 創業McDougal家
1838年 グラスゴーの商人 Thomas Buchananが買収。創業者の息子 Alexander McDougall が蒸留所長として継続して営業に従事。
1853年 McDougall家が営業権を買い戻すが、Alexander McDougallが他界。営業は2人の妹 MargaretとFloraが引き継いだ。その後、業界全体でブレンドウイスキーの需要が高まり、ブレンド用モルトウイスキーとして人気が高まる。
1911年 アルファベットのAを使った商標を登録
近くに8世紀に建てられた石のケルト十字架「キルダルトン・クロス」があり、同時期に作られた「ケルズの書」の装飾文字を基にしてデザインしたもの。
1920年 米国の禁酒法(~1933)、第一次世界大戦、世界大恐慌、第二次世界大戦が続き経営が困難となる。
戦後1950年代に経営者の創業家が目先の利益に走り、経営が一層困難となる。
1959年 株式の一部をDistillers Company LtdとHiram Walkerが取得
1960年 業界の景気が高まり、ブレンド用 peated モルトウイスキーの需要が高まる。
1974年 生産量の増大に伴い、ポートエレンから麦芽を買い始める。ブレンドウイスキー需要が下がり、unpeated モルトウイスキー "Kildalton"を製造開始。
1979年 ハイラム・ウォーカー社が株式の100%を取得
1981年 初めて閉鎖。麦芽を乾燥するキルン(乾燥塔)を取り壊し
1989年 ハイラム・ウォーカーから発展したAllied Distillersが操業を再開
1996年 2回目の閉鎖。この頃までにはすでにウイスキーマニアの間で熱狂的な人気が高まっていた。
1997年 Glenmorangie plc.が買収し、操業再開(Louis Vuitton Moët HennessyとDiageoの子会社)
1998年 観光案内所を開設
2000年 新たに ARDBEG 10年を発売開始。
ブランドを世界に売り出すため「アードベッグ委員会」ARDBEG COMMITTEEを発足
2004年 Louis Vuitton Moët Hennessyがグレンモーレンジとアードベッグを完全買収
2021年3月 蒸留所の拡張工事が完成し、蒸留器が4器に倍増(写真は竣工時に初留器で儀式を行うところ)
* 増設された新しい蒸留器(初留)で最初の蒸留を行う前に儀式を行う蒸留所長 コリン・ゴードン氏。アードベッグの決め手であるピートを新蒸留器にしばらく入れておく儀式。
* 1983年閉鎖前の70年代~60年代の多くの樽原酒を、Douglas Laing ダグラスレイン社が保有しており、同社がブレンダーから、シングルモルトのボトラーに経営方針を転換した90年代末に、70年代~60年代蒸留のアードベッグを同社の主力商品ラインである "OLD MALT CASK"シリーズで売り出し、それらが非常に高品質であったことから、アードベッグ人気が沸騰し、現在のアードベッグの発展につながったと言われています。
ARDBEG 基本情報
アードベッグとは、「小さな丘」
20世紀に入ってからオーナー変遷が続き経営は不安定だった。1980年から1989年まで操業停止。
つまりアードベッグに80年代蒸留品はない。その後も再開と停止が繰り返されたが、1997年にグレンモーレンジが買収して甦った。
仕込水:ウーガダール湖
発酵槽:木製6槽
麦芽:フェノール値は50-65ppmで、スコッチ蒸留所の中で最も高い値。
ニューメイクのフェノール値:25ppm
蒸留器:2021年の拡張工事で初留・再留とも増設され、合計4器となった(ランタン型)。
再留器にはアイラで唯一の精留器が付いていて、上ってきた蒸留気体の中の重い不純分をポットに戻すはたらきをしている。
製造量に占めるモルトウイスキーとしての出荷分:100%
毎年夏に初夏に開催される「アードベッグの日」には限定ボトルが発売される。
仕込水:ウーガダール湖、アリナムビースト湖。どちらもピート色の濃い水。
蒸留器:ランタンヘッド型 初留、再留各2器。再留器にはアイラで唯一の精留器が付いている。
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