商品の特徴
BB&R ベリーブラザーズ&ラッド社 と CUTTY SARK
325年以上の歴史を持つ英国屈指の老舗ワイン・スピリッツ商です。
1698年の創業以来変わらずロンドン・セントジェームズ3番地で家族経営を貫き、愛好家の間で品質本位の目利きとして広く知られています。
永年にわたり、英国王室御用達ワイン商としても有名ですが、ウイスキー卸売事業としては、アメリカの禁酒法時代(1920年~1933年)にアメリカに自社ブランドの高品質スコッチCutty Sarkを密輸して大きな利益を生み出したことが知られています。
カティサーク プロフィール
ブレンデッドスコッチウイスキー
カティサークの主成分はグレーンウイスキー(ノースブリティッシュとインヴァーゴードン)で、残りの40種類のシングルモルトウイスキー(ハイランドパーク、グレンロセス、マッカラン、ブナハーブンがキーモルト)をブレンドしています。1920年代初頭、カクテル文化が芽生え始めた頃に発売されたカティサークは、淡い色合いのブレンデッドスコッチウイスキーの先駆けであり、その繊細で柔らかな味わいは、愛飲者の間で長く記憶に残るものとなりました。
カティサークの歴史
1920年、禁酒法は多くのアメリカ人にとって大きな問題でしたが、ロンドンのワイン・スピリッツ商社ベリー・ブラザーズ&ラッドのオーナーにとっては、この禁酒法はビジネスチャンスとなりました。
この商社は1698年からセント・ジェームズ・ストリート3番地で商売を続けていますが、ウイスキー事業に参入したのは1915年のことで、その年の輸出価格表に「セント・ジェームズ」という名のブレンドウイスキーが記載されています。その後、同社は数々のブレンドウイスキーを世に送り出しましたが、いずれも淡い色合いで、コニャックを好むパートナーたちの嗜好に合致していました。彼らは軽さを品質の証と考えていたのです。
しかし、1923年3月23日、ベリー社のパートナーたちはアメリカの消費者をターゲットに、新たなブレンドスコッチウイスキーのブランドを開発することを決定しました。それが「カティサーク」です。
この名前は、当時ロンドンに寄港したばかりの有名なイギリスのクリッパー船の名前に由来します。クリッパー船とは19世紀に登場した大型帆船で、中国からイギリスまで紅茶を輸送する「ティークリッパー」として、いかに速く一番茶を届けるかを競いました。しかしながら、その建造時期はスエズ運河の完成直後であり、ティークリッパーとして活躍した期間は汽船にとってかわられていく時期であったが、その後オーストラリアから羊毛輸送を行うウールクリッパーとして活躍しました。その帆船の名に由来しますが、さらにその帆船の名前は元々ロバート・バーンズの詩「タム・オ・シャンター」に由来します。
その詩に登場する哀れな女性の亡霊ナニーに氏の主人公が付けたあだ名がCutty Sarkです。その意味は「短いシュミーズ」。主人公の農夫が酔っ払って家路を急ぐ途中に悪魔たちの集会に出くわし、そこにいた女性に魅了され、その女性のあだ名として、まとっていたいシュミーズ(Cutty Sark)からカティサークと呼んだことに由来します。帆船カティサーク号の船首にその像が付けられています(写真参照)。
さて、話は戻って、1923年の後半、洗練された味覚を持つ酒飲みたちの需要を満たすため、禁酒法の真っただ中のアメリカにカティサークが密輸されるようになりました。当時のアメリカのウイスキーマニアたちは、カラメル色素で黒ずんだ、しばしば不味い密造酒に満足せず、より洗練された密輸品を求めていたのです。
悪名高き密輸業者ビル・マッコイ自身が、1923年11月に沿岸警備隊に逮捕される前に、カティサークの箱を扱っていた可能性は十分にあります。彼自身によれば、良質で本物の酒を密輸していたことで、「ザ・リアル・マッコイ」というあだ名を得たと言われています。
1933年に禁酒法が廃止される頃には、カティサークは既に確立されたブランドとなっており、ベリー・ブラザーズ&ラッド社にとって輸出は容易なものとなっていました。それから30年も経たない1961年、カティサークはアメリカで100万ケース以上を売り上げた最初のスコッチウイスキーとなりました。
1936年、後にエドリントン・グループへと発展するロバートソン&バクスター社が、カティサーク・ブレンドのウイスキーの唯一の供給元となり、現在世界第3位の巨大酒類製造企業になりました。
左 CLYNELISH,、右 BRORA DISTILLERY
ゲール語で「金色の湿地」という説がある。
仕込水は、クラインミルトン川の水
1819年創業。スタッフォード公爵(のちのサザーランド公)が余剰大麦の消費と密造対策のため設立。
1896年 Ainslie & Heilbron (Distillers) Ltd. が所有(~1986年)
1925年 Distillers Company Ltd が買収
1967年 新蒸留所を隣接地に建設し、新蒸留所をClynelishと名付け、旧蒸留所をBrora(~1983年)と名付ける
1986年 United Distillers がAinslie & Heilbron (Distillers) Ltd.を合併吸収
1993年 United Distillers は、Ainslie & Heilbron (Distillers) Ltd.を、1月26日に、会社解散とする。
1997年 Diageoの誕生により、現在、蒸留所はその所有となっています。
2017年 Diageoがブローラとポートエレンの再開計画を発表
2019年 創業200年
2020年 ブローラのオリジナルの蒸留器の修繕を完了
2021年 5月19日 再開後最初のスピリッツの樽詰めを行った。
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